会員の広場

【タイムスリップ!! 1992~3年代の電車内での一コマ】

Episode 1  ニコチンがビタミン剤に?

 ある会社のサラリーマン風の男性二人の会話が耳に入って来た。一人は座り、もう一人は立っている。どうも会社で「健康セミナー」があり社員参加していたようだ。

 社内で1日たばこ3箱以上は吸うというヘビー・スモーカーの上司もそのセミナーに参加。「わたしはねー。たばこで死ぬのは本望だよ」が口癖で、日頃から部下の忠告には一切耳を貸さないその上司。

 セミナーの翌日、社内に異様な匂いが漂っている。「この匂いはどこから来ていの?」。その方向を辿ってみると、あの上司が機嫌よさそうにタバコを吸っている。「? ?」 よく見ると、たばこの上に何やら粉末らしきものがかかっている。

 「何ですか、この粉末は?」。上司曰く「ニコチン酸にこの粉末を振りかけると、ニコチン酸がビタミン剤に変わるんだとさ。君たちの忠告もあり、昨日のセミナーの通り、健康で長生きするには自己管理をしなければならないだろう? 今日から今まで3箱だったのを4箱にして一生懸命ビタミン補給をするよ」と宣ったもので、「もう、何をか言わんや」で皆呆れてしまったとか。二人の会話の可笑しさに、思わず声に出して笑ってしまった。どこからか仕入れてきた奇妙な説をその上司は信じ切ってタバコを吸っているのだから、まさしく心身には活性化となっているのに違いないと。(93年11月)

Episode 2 疲れる仕事 

 姉妹らしい2人の会話から察すると、姉の仕事はどうもスティワーデスらしい。その姉の話が延々と続く。どうも愚痴っぽい。

「風が強くで、着陸する飛行場の周りをくるくる旋回していた時にね、乗客のインド人らしきターバンを巻いた男性が東はどっちだ~って聞くのよ」。乗務員が指で示した方向にやおら敷物を引っ張り出して敷き、通路に座り礼拝を始めたと言う。イスラム教徒なのかも。「でもね。飛行機はくるくる旋回しているのに東も西も瞬時に代わるのにね。それでもよかったのかな?」と瞬間思ったそうです。

 話はまだまだ続きます。「まだ飛んでるのにですよ。空気がこもっていて、かなわんから窓を開けてくれ」という無茶な乗客が出て来たり、いよいよ着陸態勢に入り、2~3分で着陸という時になってベルトをはずして「オトイレ、おしっこが」と喚くご婦人。そうかと思うと、トイレの入り方の説明が分からないそうで「いつももたもた探すんだよ、あちこち触ってさ~」などいつも降り際は緊張のしっぱなしだそうでした。「もうへとへとよ!」。「ご苦労様」と声をかけてあげたかっです。“花形の職業”と言われている陰にもサービス業だけに、様々な苦労があるんだなと心で声援を送りながら聞いていました。(93年10月)

Episode 3 電車の中で着替え? 

 久々に横浜の地下鉄に乗った。行先はあざみ野。横浜駅から乗ってきたセーラー服の4人組の女学生。車内に入った途端、持っていたショルダ-バックからより短い縞のスカートを出し、はき直したと思ったら、今流行のソックスをとり出し滑り止めを塗って、足首の所でた


るませる様に形を整えた。そして薄手のマフラーを出し口紅を。黙々とした素早い4人の動きに、乗客は呆れかえって誰も口に出せず目だけの視線を追いかけていた。

 会話もしないで着替えを終えた彼女達のうち3人は新横浜駅で降りようとする寸前、大声で「じゃー、またな、あしたいつもの場所で。忘れんなよ!」。残った一人は「バカッ、恥ずかしいんじゃん、大きな声で」とウォークマンを耳に当ててやり返していた。この一連の光景を黙って見つめていた乗客の皆さん、果たして何を感じられたでしょうかね。(93年100月)

Episode 4 母と子のやり取り 

 「カラ、カラ~カラ」。 電車の通路を揺れに任せた空き缶が、音を立ててあちらに転がり、こちらに転がっていた。おもちゃか遊び道具と思ったのか、3歳位の男の子が目の前に転がってきたその空き缶をひょいっと拾った。


 飲み口を下に持ったのか、中に残っていたジュースがポタポタ垂れていた。その子の母親が「ダメじゃないの、そんなの拾ったりして。早く捨てなさい!」とすごい剣幕でしかりつけた。子供はびっくりして手元からジュースの空き缶を落としてしまった。その缶がちょうど私の足元へ転がってきたので踵で手前に引き寄せて転がらないように固定した。

 母親は何故、男の子の缶を拾った行為を褒めてやり、優しい言葉をかけてあげなかったのかしら。その子の将来を思って気持ちが暗澹となった一場面であった。(93年8月)

Episode 5 ホームレスらしき人 

 車内で読むつもりで新聞を半折にして一駅だけの急行電車に飛び乗った。ドア側の一番近い座席で、ホームレスと思しき男性が、前に立っている若い眼鏡の男性にしきりに話しかけている。ホームレスらしき彼の足元には20個入りのキリンビールのケースが。

 アルコールの匂いはそんなにしてなかったが、呂律が回らないらしく「よ~、兄さんよ、どうだこれを1000円で売ってやるよ、買わね~か、オレも弱っちまってんだよ!」 足元のケース箱を指しながら言っていた。前の男性は、目を外に向けたまま首を横に振るばかり。

 私が乗る前から、一方的にその男性との会話を続けていたのであろう。周りの乗客は巻き込まれまい、触らぬ神に祟りなしの雰囲気で知らんぷりをしている。

 私も新聞に眼をやりながら、ビールの始末に困り切っているらしいのがありありと伝わってきてついつい微笑んでしまい、その男性と目が合ってしまった。「よー、姉ちゃん、新聞読んでんのか」「ええ、読んでる時間が無かったもので、、おじさん読みます?」と言ったら「いよーっ、気に入った!おれはあんたに一票入れるよ、まー、座りなよ」。

「ありがとう、おじさん。でも私は次で降りるから、お酒飲み過ぎないようにね」。話し相手が出来て素直になったのか「オレも実は、こんなもの渡されて困ってんだよ、捨てるわけにはいかね~しな、頭が痛いよ!」

 


私は笑ってしまった。「家に帰るんだったら頂くんだけど、困ったわね」と会話する内に電車は駅に止まった。そして周りの乗客も、おじさんも、前の男性も、私も何事もなかったようにドアから吐き出された。

 重かったのか軽かったのは定かでないが「ヨッコラショッ!」と右肩に抱えたビールのケースの汚れた左手の薬指にしていた指輪が、キラーっと光っていたのにはびっくり!わずか数分の出会いではあったが、差別的な構えを外せば、車内の浮き上がったその場の雰囲気がごく普通の空気になるし、気持ちよく乗り降りできるものをと思ってしまったのだが、もしかしたら、そのホームレスと話したことにより、私自身も非難される空気にさらされていたのかもしれない、と後から思ったりしたものです。(92年10月)

  

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