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 「おにぎり問題」

 4月に入ると気候も安定してか、あの雨空も、マウイ島やカウアイ島を襲った洪水も、ご当地ではまだ被害の傷痕もあるのだろうが、遠いことのように思い出される。申し訳ない。

 糠味噌が腐るくらいのハワイでは、通年食中毒には気遣っているのだが、日本も気温摂氏20度を越える頃からノロウイルスの感染ニュースが入って来る。その度に私は思い出すことがある。それは、2019年度の横浜市立大学医学部で出された小論文の入試問題だ。

 ◆◆◆

【問題】

あなたは高校の教師である。ある日、授業の一環として稲刈りの体験作業があり、僻地の農家に田植えの体験授業に生徒を連れて出かけた。稲刈りの体験作業の後、農家のおばあさんがクラスの生徒全員におにぎりを握ってくれた。しかし、多くの生徒は他人の握ったおにぎりは食べられないと、たくさん残してしまった。

[問1]

あなたは、おにぎりを食べられない生徒に対しどのように指導しますか。

[問2]

あなたはこの事実をおばあさんにどのように話しますか。

(2019年 横浜市立大学 医学部医学科小論文試験 改題)

◆◆◆

 この問題が医学部の入試問題だということを考慮に入れ、且つ教師として生徒をどう導くのが望ましいのだろうかと考えていた時、奇しくもCovid-19のパンデミックとなった。

 人々はマスクを着け、執拗なほどの手洗いと換気、そしてソーシャルディスタンスはハワイからもハグの姿を消し、アクリル板などの衝立が人間関係を断絶するかのように立ちはだかった。

 話が少々逸れるが、アオカビから抗生物質であるペニシリンが抽出されたのが1928年だ。イギリスのアレクサンダー・フレミングによるこの発見から、ペニシリン系の開発は続いていて、今では200種以上の抗生物質がある。一方、カニやエビなどの甲殻類の外骨格から得られるキチンという動物性の食物繊維の高分子多糖体を、キトサンという物質に加工することで体内での利用が可能となり、各種の生物活性(生体内消化性、 抗菌性、創傷治癒効果など)を有することから研究が活発となり、1982年には、キチン・キトサンに関する国際会議が札幌でもたれた。

 キトサンと聞いてピンと来ない人もいるだろうが、お弁当箱や衣類などに【抗菌】という表示を見たことがあるだろう。【抗菌グッズ】として特化販売している店舗もあるし、エレベーターの手すりに【抗菌加工してます】という表示を見たこともある。ふと見ると、我が家の綿棒のパッケージ(写真)にもそれはあった! というわけで、知らないうちに社会は


抗菌化しているのである。

 さて冒頭の入試問題だが、コンビニに行けばおにぎりは衛生的に一つ一つがフィルムに包まれて売られている。抗菌加工のおにぎり用フィルムも売られている。そういう社会で育てば、当然のことながら手作りのおにぎりが食べられない生徒もいるだろう。「神経質だ!」では済まされない社会構造になってしまっていることを今一度認識する必要があるのだ。

 この入試問題の解答として外してはならないことは、手作りおにぎりが食べられない生徒が少人数だとしても、それが社会現象の一つとなっている以上、生徒の人権を尊重しつつ、高齢者の社会意識度を汲み、医師として、患者やその家族に言い難いことでも伝えなければならないことがあるというスキルが試されているのだ。もちろん、おばあさんへの謝意は忘れてはならない。これは温かい社会を意味する。

 貝原益軒が『養生訓』の中で「医は仁術なり」と説いているが、社会は様々な形で変容する中にあってイマドキの仁術とは、LGBTQなどのマイノリティを擁護することでもあり、医療事情に疎い人にも教育を惜しまず、そして正しい知識を持って人を導くとという「医のバランス」なのだろうと印象に残る入試問題となった。

 今は抗菌時代なのだが、どうか無菌時代が来ませんようにと願う2023年春暖かい日。

                           *****リリコイ*****


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